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横浜地方裁判所 昭和49年(ワ)614号 判決 1977年3月30日

原告 国

右代表者法務大臣 福田一

右指定代理人 渡辺信

<ほか三名>

被告 大高富一

右訴訟代理人弁護士 宇野峰雪

主文

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の宿舎を明け渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

主文第1、2項と同旨の判決。

二  被告(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告(請求原因および被告の主張に対する認否)

1  原告は、昭和三九年四月二八日防衛庁防衛大学校教官であった被告に対し、国家公務員宿舎法(以下「宿舎法」という。)にもとづき、別紙物件目録記載の宿舎(以下「本件宿舎」という。)を貸与した。

2  ところで、被告は、昭和四六年八月三〇日防衛庁長官に対し退職願を提出し、同年一二月三一日付をもって右退職を承認されたものであり、宿舎法一八条一項一号該当者として、同法一八条一項により、右昭和四六年一二月三一日から二〇日以内に本件宿舎を明け渡さなければならなかったところ、被告は、昭和四七年一月一〇日付をもって住宅取得困難を理由に公務員宿舎明渡猶予申請書を提出したため、原告は、国家公務員宿舎法施行規則(以下「規則」という。)二四条により、本件宿舎を明け渡すべき日を同年六月三〇日と指定した。

3  しかし、被告は、右期日を経過しても本件宿舎を明け渡さない。

4  よって、原告は、被告に対し、宿舎法にもとづき、本件宿舎の明け渡しを求める。

5  被告の主張3の事実は否認する。被告は、現に東京都営住宅に入居しており、住居に困窮していない。

二  被告(請求原因に対する認否および主張)

1  請求原因第1、3項は認める。

2  同第2項中、被告が防衛庁長官に対し昭和四六年八月三〇日付退職願を提出し、同年一二月三一日付をもって右退職を承認されたこと、および被告が公務員宿舎明渡猶予申請書を提出したことは認めるが、その余は争う。

被告が退職願を提出したのは、防衛大学校長より分限免職処分を予告されたからである。右分限免職処分は、それ自体処分の理由を欠くものであり、その不当性は重大かつ明白であったが、一旦右処分を受けると、その後処分の効力を裁判上争っても、処分が確定的に取り消されるまでには長期間を要するのが通例であり、その間、被告は社会的非難を受け、他の大学に就職することも困難となるので、被告は、不本意ながら退職願を提出したのである。従って、右退職願およびこれに対する承認は無効であるから、本件宿舎の明渡義務は生じない。

3  被告による本件宿舎の使用については、借家法の類推適用が認められるべきであり、仮に借家法の類推適用が認められないとしても、被告が防衛大学校を退職するに至った経緯および公務員としての身分を喪失したにもかかわらず公務員宿舎の使用が認められている者が存在する事実に鑑みれば、原告の本訴請求は、権利の濫用であり許されない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第1のとおり、原告が本件宿舎を宿舎法にもとづき被告に貸与したことおよび被告が防衛庁長官に対し昭和四六年八月三〇日付退職願を提出し、同年一二月三一日付をもって右退職を承認されたことは、当事者間に争いがなく、被告は、右退職願およびこれに対する承認がいずれも無効である旨主張する。

しかし、被告の主張するところによれば、被告は、分限免職処分を受けることを回避するために退職願を出したというのであり、右退職願は、被告自身の意思にもとづき、かつ、退職が承認されることを期待して提出したこととなるから、仮に、当時被告が退職の真意を有していなかったとしても、退職願の意思表示を無効とする何らの理由もない。また、被告は、予告された分限免職処分の理由がないから退職の承認が無効であると主張するけれども、前記被告の主張に照らして明らかなとおり、右分限免職処分そのものは、被告が退職願を提出するに至った動機に関するものにすぎず、予告された同処分の処分理由がないからと言って、そのことが、退職の承認自体につき重大かつ明白な瑕疵を構成するということは有り得ない。

従って、被告の前記主張は、それ自体失当というべく、被告は、昭和四六年一二月三一日をもって国家公務員たる身分を喪失し、宿舎法一八条一項一号に該当するに至ったこととなる。

二  なお、被告は、本件宿舎の使用につき借家法の類推適用がある旨、また原告の本訴請求は権利の濫用である旨抗争するが、国が国家公務員に貸与する宿舎については、宿舎法が第一義的に適用され、借家法類推適用の余地がないことは明らかである。また、規則二五条一項が原告に対し宿舎法一八条一項各号該当者に対する宿舎明け渡し訴訟の提起等を義務づけていることよりすれば、たとえ、被告主張のとおり公務員の身分喪失後、公務員宿舎の使用を容認されている者が他にいたとしても、本件請求をもって権利の濫用であると言い得ないことは明らかであり、本件全証拠によっても、本訴を権利の濫用として排斥しなければならないような事実は全く認められない。のみならず、《証拠省略》によれば、被告は、大正三年生れの独身者で東京都文京区所在の都営住宅独身寮一一六号室の入居許可を昭和二四年二月四日に得、その後右住宅を返還していないことが認められる。

従って被告の前記主張は、いずれも理由がない。

三  以上の説示によれば、被告は、宿舎法一八条一項により、右昭和四六年一二月三一日から二〇日以内に本件宿舎を明け渡す義務を有していたところ、《証拠省略》によれば、被告は、規則二四条にもとづき、右明け渡し義務を昭和四七年六月三〇日まで猶予されたことが認められるのであるから、被告が、右猶予期間満了後本件宿舎の明け渡し義務を有していることは明らかであり、被告が、その後においても本件宿舎の明け渡しをなさないことは、当事者間に争いがない。

よって、本件宿舎の明け渡しを求める原告の本訴請求は理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸清七 裁判官 吉岡浩 松崎勝)

<以下省略>

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